山あいの診療所で未来を診る―地方医療がつなぐ命と絆

目次
岡山大学病院総合内科・総合診療科講師、赤磐市国民健康保険佐伯北診療所所長。2014年、岡山大学医学部卒。2019年、同大学院卒。日本プライマリ・ケア連合学会認定家庭医療専門医。現在は大学病院でコロナ後遺症外来を中心とした臨床・研究の傍ら、医学生・研修医に家庭医療について教育を行っている。また、国保診療所での所長を兼任し、地域での診療に携わっている。診療所での特徴的な活動は「無医地区防ぐ~地方の診療所~」としてRNC西日本放送news everyで放映された(Youtubeで視聴可能)。主な共著書に、『総合診療グリーンノート』(中外医学社)、『クロストークから始める総合診療』(金芳堂)などがある。
地方医療の重要性と課題
1.医師の偏在と医療ニーズの高度化
地方医療における最大の課題は、医師数や施設数が都市部と比較して著しく少ないなか、高度化する医療ニーズに対応しなければならない点にあります。厚生労働省が2022年に公表した「医師需給分科会」の報告書「医療従事者の需給に関する検討会 医師需給分科会 第5次中間とりまとめ」では、地方における人口10万人あたりの医師数が大都市部に比して依然として低水準にとどまることが示唆されています。
一方で、高齢化が著しい地域ほど複数の慢性疾患を併発する患者が増加し、プライマリ・ケアから急性期治療、在宅医療までを網羅的に支える総合的な対応が求められます。こうした実情をふまえ、近年は総合診療専門医の育成や、地域医療支援病院の指定拡大などが進められていますが、なおも医師の偏在は根強い問題として残っています。
2.地方におけるEBMとキャリア
エビデンスに基づいた診療(EBM)を地方で実践するうえでは、学術情報や研修環境の格差が大きな障壁となります。オンライン学会や遠隔講義の普及によって、都市部と同等の学術的支援を得る試みは進みつつありますが、通信回線の脆弱性や研修費用の負担などが地方医療機関にのしかかっています。
さらに、医師不足の深刻化を招く要因として、「専門医取得やキャリア形成が地方では不利になりやすい」という構造的な問題も挙げられます。総合診療専門医制度や地域枠医師の奨学金返還免除制度は、一定の効果はあるものの、修学資金の返還義務期間が終了すると、より充実した学会活動や研究施設、子育て環境等を求めて都市部へ移る若手医師も少なくありません。厚生労働省による「医学部臨時定員と地域枠等の現状について(2024年)」でも、地域に残り続ける医師を増やすためには、大学病院や公的研究機関との連携を強化し、地域における子育て医師等支援等の環境を整備する必要性が指摘されています。
地方医療を支える仕組み
1.訪問診療と在宅医療
地方医療を支える試みとして、在宅医療のさらなる充実が注目されています。日本在宅医療連合学会が2023年に改訂した「在宅医療における新型コロナウイルス感染症対応Q&A(5類移行後の感染症対策)」では、遠隔モニタリングデバイスを用いた中和抗体薬のモニタリングやビデオ通話を用いた経過観察なども提言されました。
さらに、全国知事会の「2040年を見据えた医療・介護提供体制の構築に向けた提言」でも医師偏在対策の検討として医療DX化などについて述べられており、例えば「遠隔診療」や「デジタル機器を活用したバイタルサインのリアルタイム共有」などを推進していく必要があると考えられます。また、この提言では、介護サービスにおいても、介護ロボットやICT機器等を活用し、業務の改善・効率化、生産性の向上を進めていく必要があることが述べられています。
しかし、山間部や離島では訪問時間が片道1〜2時間以上かかるケースも多く、ICTのインフラが整っていない地域も依然として存在しています。さらに、昇圧剤の使用や経管栄養などの在宅治療には専門スタッフの人手確保が困難ではあり、地域医療における課題点は多く残されています。
また、多職種連携の観点から、看護師やリハビリ職、薬剤師等との協調体制が求められますが、小規模の医療機関ほど人的リソースに限りがあり、連携が形骸化する恐れもあります。従って、今後ますます重要度が増すと考えられる在宅医療については、様々な方向から支援や技術の活用を図る必要があるでしょう。
2.地域包括ケアシステム
このように、都市部と地方での医療環境格差が広がるなか、厚生労働省が公表した「地域包括ケアシステムの更なる深化・推進について」では、団塊の世代が75歳以上となる2025年に向けて高齢者の在宅療養や医療介護連携を重視し、地域全体で患者を支える仕組みづくりを進めることが掲げられています。具体的には、地域包括ケアシステムの推進として、「居宅介護支援」「地域の特性に応じたサービスの確保」「定期巡回・随時対応型訪問介護看護及び(看護)小規模多機能型居宅介護の普及等」が挙げられているほか、より一層の医療介護連携のためのICTやデータ利活用が提案されています。
3.多職種連携と病院の機能分化
今後の地方医療の重要なテーマとして「多職種連携の強化」が挙げられます。なぜなら、医師に加えて、看護師、薬剤師、管理栄養士、リハビリテーション専門職などが共同で患者を支えるモデルが、地域包括ケアシステムの核となるからです。
実際に多職種の介入で、慢性疼痛に対する疼痛強度が改善したという報告(Teodora Figueiredoら 2023)や、介護施設入居者のさまざまな段階でケアを実施することで予定外の入院が減ったという研究(Duncan Chambersら 2023)、また、専門職間の理解が向上することで、コミュニケーションに良い影響を与えるという報告(Junji Harutaら 2024)
などがあります。特に認知症や独居高齢者の増加が顕著な地域では、医師だけでなく地域の行政職員や民生委員、NPOが主体的に関わることで、医療・介護サービスの隙間を埋めることが可能となります。このような連携は、結果的に医師の負担軽減にもつながり、地方勤務の定着率向上に貢献する可能性があります。
もっとも、地方の医療機関が長期的に安定運営を続けるためには、診療報酬や財政的インセンティブだけでは不十分とされています。総務省が2022年に発表した「持続可能な地域医療提供体制を確保するための公立病院経営強化ガイドライン」では、病院の統廃合と機能分化を通じた地域医療のネットワーク構築が推奨されています。地域医療のネットワーク構築の中身の一例として、地域の病院・診療所を役割ごとに整理し、急性期・回復期・慢性期の機能を合理的に配置しながら、ICTや遠隔医療を活用することで診療域を補完しあう仕組みがあります。欧米では「Rural Track Program」などを通じて農村部の医師育成と診療体制の強化が図られており、日本でも今後はこれに類似した包括的戦略を立案する動きが加速するかもしれません。
4.住民参加型医療の取り組み
地域住民と医療従事者が協働する「住民参加型の地域医療」も、今後の地方医療の重要なテーマとして注目されています。厚生労働省が発表した「住民参加型の地域医療再生システム構築」では富山県南砺市の事例などを取り上げ、「専門的な人材育成プログラムの実施により、地域住民と専門職の自主活動の活発化と共通知識基盤の形成が実現していること」や「医療を中心にして、介護、福祉との連携強化やスムーズな合意形成のための組織再編に繋がっていること」などが示されています。地域の医師不足から始まった取り組みではあるものの、このような試みは、医療従事者と住民双方の意識改革を促し、地域包括ケアシステムの成熟を加速させる可能性をもちます。
医師の今後のキャリアパスにおける地方医療
医師個人のキャリアパスを確立する観点では、地方で働きながら研究や教育に携わるプライマリ・ケア医の育成も注目されています。総合診療専門医制度ができ、大学病院の総合診療医専門医プログラムが増えつつあることは、地域医療の発展にとって大きな追い風となり得ます。こうした教育プログラムが拡充されれば、地方でもレベルの高い研究指導を受けながら、地域特有のコホート研究や介入研究を進めることが可能になります。このように、高度な学術活動と地域医療の実践を両立する仕組みが普及すれば、若手医師が地方をキャリアの「最終到達点」ではなく、「専門性を深めるフィールド」と捉えるようになる未来もあるのではないでしょうか。
地方医療のさらなる発展のために
総じて、地方医療は医師不足と偏在、さらに急速な高齢化という複合的課題に直面する一方で、ICTやAIの進展、総合診療専門医制度の充実、多職種連携の深化などにより、多面的な発展の余地を秘めています。こうした変化を加速させるには、医師個人の努力だけでなく、行政・学会・大学・NPOといった多様なステークホルダーが連携し、財政面・制度面でのイノベーションを進める必要があります。具体的には、診療報酬の見直しや研究費の拡充、遠隔医療設備への助成、地域住民の健康教育など、多角的なアプローチを同時並行で進めることが望ましいでしょう。地方の医師たちは、都市部にはないコミュニティとの深い結びつきや、多様な疾患を総合的に診る経験を得られるため、高度な臨床力と研究能力を兼ね備えたプロフェッショナルへ成長できるポテンシャルをもっています。そのため、これらの取り組みを積み重ねることで、真の地域包括ケアが実現し、日本の地方医療がさらなる発展を遂げる可能性があると考えられます。
執筆:大村大輔
1)厚生労働省:医療従事者の需給に関する検討会 医師需給分科会 第5次中間とりまとめ
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000209695_00002.html
2)厚生労働省:医学部臨時定員と地域枠等の現状について 第2回医師養成過程を通じた医師の偏在対策等に関する検討会(2024年2月26日)
3)日本在宅医療連合学会 新型コロナウイルス感染症ワーキンググループ:在宅医療における新型コロナウイルス感染症対応Q&A(5類移行後の感染症対策) (改訂第6版)2023年5月末日
4)全国知事会:2040年を見据えた医療・介護提供体制の構築に向けた提言(2024年8月1日)
5)厚生労働省:地域包括ケアシステムの更なる深化・推進について 社会保障審議会介護保険部会(第93回)(2022年5月16日)
6)Teodora Figueiredo.et al.Managing Non-Cancer Chronic Pain in Frail Older Adults: A Pilot Study Based on a Multidisciplinary Approach.Int J Environ Res Public Health. 2023 Dec 6;20(24):7150.
7)Duncan Chambers.et al.Reducing unplanned hospital admissions from care homes: a systematic review.Health Soc Care Deliv Res. 2023 Oct;11(18):1-130.
8)Junji Haruta. et al.Interprofessional competency in clinical students: validating the Clinical student version of the Japanese Self-assessment Scale of Interprofessional Competency (C-JASSIC) .J Interprof Care. 2024 Sep-Oct;38(5):875-882.
9)総務省:持続可能な地域医療提供体制を確保するための公立病院経営強化ガイドライン (2022年3月29日) https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01zaisei06_02000271.html
10)厚生労働省:事例を通じて、我がまちの地域包括ケアを考えよう 「地域包括ケアシステム」事例集成 ~できること探しの素材集~ (平成25年度老人保健事業推進費等補助金 老人保健健康増進等事業 地域包括ケア システム事例分析に関する調査研究事業)
医師のアルバイト・転職はMRT
<医師アルバイト・転職(常勤)求人はこちら>
◆医師のアルバイト・スポットバイト求人一覧
◆医師のアルバイト・バイト(定期非常勤)求人一覧
◆医師の転職(常勤)求人一覧
<MRTアプリ「MRTWORK」>
「お気に入り機能」「求人閲覧履歴」「地図検索」など、WEBよりも医師アルバイト求人検索が簡単に!
ダウンロードはこちら
<LINEで医師アルバイト・転職(常勤)求人を受け取る>
MRT公式LINEでは最新の医師アルバイト(スポット/定期非常勤)求人と転職(常勤)求人を配信中!
友だち追加はこちら