医師を辞めたいと思った日

目次
しかし、留学から帰国後は、収入を補うためにアルバイトを続け、十分な休みも取れない生活を送っていました。経済的な不安を感じたときや、休みのない生活に疲れたときには、医師を辞めたいと思うこともありましたが、私が本気で辞めようと考えたのは、40代前半の頃です。
本記事では、私が勤務医を辞めたいと思った経験と、その後、開業を選ぶに至った経緯をお伝えします。
山本 光宏(形成外科・美容外科)
1985年長崎大学医学部卒業後、同大学形成外科教室および関連病院で研修。1994年から3年間オーストラリアへ留学し、1999年にやまもと形成外科クリニックを開設。形成外科・美容外科を中心に、美容皮膚科の治療にも取り組む。日本形成外科学会専門医。
医師が医師を辞めたいと思うとき
私が医師を辞めたいと感じたのは、休みのない働き方を続けていた40代前半の頃です。
留学帰国後に待っていた厳しい現実
オーストラリア留学を終えて帰国した私は、新しい気持ちで日本での診療を再開しようと考えていました。留学中は、多くのことを学びました。医療技術だけでなく、異なる医療制度や患者さんとの向き合い方、日本とは違う価値観にも触れることができました。
帰国すれば、その経験を生かし、新たな気持ちで仕事に取り組めるものと思っていました。しかし、現実は思い描いていたものとは大きく違いました。事情があって、それまで所属していた大学医局へ戻ることができなかったのです。幸い友人の紹介で別の大学医局に所属することになりましたが、空いていたポストは医員だけでした。
留学経験があれば評価されるだろうという期待は、あっさり打ち砕かれました。日本では、留学経験だけで特別扱いされることはありません。新しい医局で、一人の医員として一から信頼を積み重ねるしかありませんでした。理想と現実の違いに戸惑いながらも、「もう一度頑張るしかない」と自分に言い聞かせていました。
給与は手取り18万円ほどでした。
医師は高収入というイメージを持たれることが少なくありません。しかし、当時の私には、そのような実感はまったくありませんでした。
生活費を支払えば、手元にはほとんど残りません。生活費を補うため、毎週日曜日は別の病院で当直のアルバイトをしていました。
平日は大学病院、休日は当直。
若かったとはいえ、休みらしい休みはありませんでした。
土曜日の勤務を終えても、「明日は休みだ」と思うことはありませんでした。
「明日は当直だ。」
そのことばかり考えながら病院へ向かっていました。一週間働き続け、唯一の休日も病院で過ごし、また翌週が始まる。そんな毎日を繰り返していました。
当時は、「医師なのだから、このくらいは当たり前だ」と自分に言い聞かせていました。
周囲にも同じような働き方をしている医師が大勢いました。だから、自分だけが特別につらいとは思っていませんでした。しかし、身体は正直でした。
慢性的な疲労は少しずつ蓄積し、以前なら平気だった当直も、終わる頃には疲れ切っていました。それでも生活のためには働かなければなりません。
医師としての責任と、自分自身の生活。
その両方に押しつぶされそうになりながら、毎日を過ごしていました。そんな生活の中で、私の考え方を大きく変える出来事が起こりました。それは、ある日曜日の当直でした。
「明日は自分かもしれない」と思った夜
ある日曜日の当直で、30代の男性が心肺停止の状態で救急搬送されてきました。まだ若い患者さんでした。
救急車が到着すると同時に、スタッフ全員が持ち場につき、すぐに救命処置が始まりました。
気管挿管、胸骨圧迫、薬剤投与……。
一つひとつの処置を確認しながら、私たちは必死に蘇生を続けました。医師になってから、このような場面は何度も経験してきました。それでも、「若い患者さんだけは助かってほしい」という思いは、いつも以上に強かったことを覚えています。
しかし、男性の心臓が再び動き出すことはありませんでした。静かになった病室には、張りつめていた緊張だけが残りました。ベッドのそばでは奥様が泣き崩れていました。
その横では、何もわからない赤ちゃんが、お母さんを見ながら笑っていました。幼い子どもには、父親が亡くなったという現実は理解できません。その無邪気な笑顔が、かえって胸に突き刺さりました。
診療を終えた後も、その光景は頭から離れませんでした。病院の廊下を歩きながら、私はふと立ち止まりました。
「明日、このベッドに横たわっているのは自分かもしれない。」
そんな考えが突然頭に浮かびました。
私は毎週当直を続け、休みのない生活の中で自分の体を酷使していました。しかも、当直が終われば休めるわけではありません。そのまま通常勤務が始まります。
若いから大丈夫。医師なのだから、このくらいは当然だ。
そう自分に言い聞かせながら働いていました。しかし、本当にそうなのだろうか。
もし自分が突然倒れたら残された家族はどうなるのだろう。当直明けの勤務を終え、その夜遅くに帰宅すると、ちょうど七夕でした。幼かった息子が短冊に願い事を書いていました。
「お仕事がんばってね。でも、パパ早く帰ってきてください。」
その短冊を見たとき、言葉が出ませんでした。前夜に亡くなった若い父親の姿と、泣き崩れる奥様の姿が頭をよぎりました。患者さんのためと思って続けてきた働き方が、本当に家族のためにもなっていたのだろうか。このまま働き続ければ、自分も家族を残して突然倒れる日が来るかもしれない。そんな思いが、一気に込み上げてきました。
あの夜ほど、自分の人生を真剣に考えたことはありませんでした。医師という仕事が嫌になったわけではありません。
形成外科は好きでした。手術も好きでした。
患者さんが元気になって帰っていく姿を見ることは、医師として何よりの喜びでした。辞めたかったのは、医師という仕事ではなく、自分を追い詰めていた働き方だったのです。
そして、その夜、私は初めて本気で「医師を辞めたい」と思いました。 当時の私には、今の働き方を続けるか、医師を辞めるか、その二つしか道がないように思えました。 今振り返ると、あの夜が、その後の人生を考え直す最初のきっかけだったのだと思います。
それでも医師を辞めなかった理由
医師以外の人生が思い浮かばなかった
当直の夜、「もう医師を辞めたい」と本気で思いました。しかし、一晩眠っても答えは見つかりませんでした。冷静になると、医師以外の道は思い浮かびませんでした。医学しか学んでこなかった私には、別の職業で生活していける自信がありませんでした。
もし医師を辞めたら、自分には何ができるのだろう。
そう考えるほど、不安ばかりが大きくなりました。医師という仕事が嫌になったわけではありませんでした。患者さんが元気になって退院していく姿を見るたびに、この仕事を選んでよかったと思っていました。
だからこそ、「医師を辞めたい」という気持ちと、「形成外科を続けたい」という気持ちが、自分の中でぶつかり合っていました。
もちろん転職も考えました。勤務先を変えれば何かが変わるのではないか、と何度も考えました。しかし、当時の私には、勤務先を変えても当直や救急対応がある限り、自分が抱えている厳しさは変わらないように思えました。
急患の少ない診療科へ転科することも考えましたが、それまで積み重ねてきた形成外科を離れる決断はできませんでした。
外傷、熱傷、再建手術など、積み重ねてきた経験を無駄にしたくなかったからです。
振り返ると、その頃の私は視野がとても狭くなっていたのだと思います。
「医師を辞める」か、「今のまま耐える」か。
その二つしか選択肢がないと思い込んでいました。しかし、本当に必要だったのは、医師を辞めることではありませんでした。働き方を変えるという発想だったのです。
心が折れそうなときの対処法
「辞める」ではなく「働き方を変える」という発想
今振り返ると、当時の私は選択肢を狭く考え過ぎていました。医師という資格は、一つの働き方だけに縛られる資格ではありません。大学病院だけが医師の働く場所ではありません。
市中病院という選択肢もあります。非常勤という働き方もあります。勤務内容を見直すこともできます。そして、開業という道もあります。当時の私は、働き方を変えるという発想にすぐにはたどり着けませんでした。
真面目な医師ほど、「与えられた環境で頑張り続けることが正しい」と考えがちです。私もその一人でした。
しかし、今はそうは思いません。環境を変えることは、逃げることではありません。医師として長く働き続けるために、自分自身を守る選択でもあります。
現在では、私が勤務医だった頃よりも、医師の働き方ははるかに多様になっています。勤務先を変えることもできますし、非常勤勤務を組み合わせることもできます。形成外科の経験があれば、美容外科という選択肢もあります。
どの道にも責任と苦労がありますが、自分に合った働き方を選べる時代になったことは、大きな変化だと思います。もし、あの頃の私がそのことに気付いていたら、「医師を辞めたい」と思い詰める前に、別の道を探していたかもしれません。
環境を変えることで乗り越えられる?
私は開業という道を選んだ
医師を辞めるという決断はできませんでした。しかし、このまま勤務医を続ける自信もありませんでした。
そんなとき、知り合いの皮膚科医から思いがけない話がありました。
「クリニックの一フロアが空いている。ここで開業してみないか。」
以前から、いつかは開業したいと考えていました。私の地域には形成外科を専門に診療する開業医もなく、大きなチャンスだと思いました。私は開業を決意し、勤務先にも退職の意思を伝えました。開業資金の準備やスタッフ募集など、少しずつ開業の準備を進めていました。
ところが、突然電話がかかってきました。
「申し訳ない。この話はなかったことにしてほしい。」
頭の中が真っ白になりました。すでに退職を決め、開業準備も始めていました。普通なら、開業そのものを見直していたかもしれません。
しかし、一度決めたことを途中で変えることができなかった私は、「それなら自分で場所を探そう」と考えました。
妻と二人で何日も街を歩き、不動産会社を回り、開業できそうな物件を一つずつ見て回りました。そして、ようやく開業に適した物件に出会いました。 もし、あの皮膚科医からの話がそのまま進んでいたら、今のクリニックは存在していなかったでしょう。
振り返ると、人生は思い通りにいかないことばかりです。しかし、思い通りにいかなかったからこそ、新しい道が開けることもあります。あのとき働く環境を変える決断をしたからこそ、私は今も医師として診療を続けています。
まとめ:働く環境を変えて得たもの
開業したことで、当直のない生活になり、自分で診療時間や働き方を決められるようになりました。もちろん、開業すれば経営やスタッフ、資金繰りなど、勤務医とは違う苦労があります。それでも、家族と過ごす時間を持ち、自分の体調を考えながら診療を続けられるようになったことは、私にとって大きな変化でした。
外傷や熱傷、再建手術など、勤務医時代に積み重ねてきた経験は、決して無駄にはなりませんでした。勤務医時代のような大きな手術を行う機会は少なくなりましたが、これまで培ってきた技術や判断力は、今も日々の診療や手術に生きています。
医師を辞めるのではなく、働く環境を変えたことで、私は今も医師として診療を続けています。
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